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2011年6月26日 (日)

サメ漁のメッカ-気仙沼―

明治18年、時の明治政府の富国政策として、遠洋漁業奨励法で、鱶(フカ)漁(サメ
漁)を奨励して以来、この漁業が急速に発展した。それと同時にフカヒレ生産も
伸びてきた。明治34年頃は、山口県がフカヒレの主産地で、全体の約半分にあたる174トンを生産していた。 
現在、サメ漁のメッカといえば気仙沼である。ここでサメの全国総水揚げの約半分が水揚げされている。気仙沼には、フカヒレ業者はもちろんのこと、練製品会社や、気仙沼独特のサメのむき身を扱う冷凍加工会社、それに魚粕魚油を扱うサメ関連会社が集中している。
そのため、他の地方と比べ、サメの魚価はよく、釧路をはじめ道南や東北各地の漁船もサメをここで水揚げしている。また、銚子からは陸送してまで、気仙沼にサメを持ち込むありさまである。

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  気仙沼魚市場に水揚げされたモウカ(背びれと尾びれはすでに切り取られている。)

これらのサメは主として、モウカ(ネズミザメ)専漁船を含む近海マグロ延縄漁船から水揚げされたものである。その他には、鮭鱒漁やマグロ巻き網漁で混獲されたものも若干量ある。

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                 ヨシキリザメ水揚げ風景

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モウカ専漁船といっても2種類ある。ひとつは、5,6月に南方漁がふるわないときだけ、モウカ漁を行うもので、10から20隻ある。あとひとつは、サメ専漁船であり、4,5隻ある。このサメ専漁船はモウカばかりでなく、ヨシキリザメやカジキ類もとっている。

ここで表(50年度、気仙沼の水揚げ)をみると、気仙沼におけるサメとマグロの水揚げの比率がわかる。水揚高(金額)ではマグロ類が51,4%に対しサメ類は9,9%であって、サメはマグロの四分の一を下まわる。一方、水揚量(数量)では、カジキ類を含めマグロ類が約17%、サメ類が約16%とその差はほとんどない。すると、一概には言えないけれども、サメ専漁船はマグロ船の3,4倍もの数量をあげなくてはならないことになる。要するに、サメ漁は「質より量」ということになる。それは、とりもなおさず、サメ漁にたずさわる人達の労働の過酷さを意味する。

しかし、ここで注意すべき点は、気仙沼の福洋水産株式会社が、3隻のサメ専漁船を持ち、その企業化に成功していることである。(詳しくは、水産世界六月号、『モウカザメ漁に生命を賭ける』を参照)

また、鈴木正雄氏の営む、モウカ専漁船新栄丸(70トンクラス)の場合も、個人経営でありながら中小漁業経営の域に達している。

フカヒレ

気仙沼は、フカヒレ業者が多く、その数15軒。50年度の気仙沼におけるフカヒレ総生産量は321トンであり、これは明治34年度の山口県のフカヒレ生産の約2倍である。前述したように宮崎や土佐清水と違って、気仙沼ではサメ産業が成り立ち、それだけにフカヒレの流通形態が複雑である。
まず、及川幸助氏から聞いた、フカヒレの現状について述べてみたい。尚、
及川幸助氏は丸山商事に務め、この会社は気仙沼でフカヒレを扱い、80年に及ぶ歴史を持っている。

フカヒレの天日乾燥

―ヒレの入荷状況―
まずサメが水揚げきれると、サメのむき身の冷凍加工会社や練製品会社が漁協を通して入荷する。そして、フカヒレ業者は、それらの会社からヒレのみを買いうける。この時、他例にもれず、ヒレの浜値は、サメのキロ当り価格の何倍かになる。気仙沼ではヒレを大・中・小と分けている。例えば、48年六月のヒレの浜値は、大が700円、中が650円小が450円であった。そしてサメがおよそキロ当り100~150円である。このヒレの浜値も需要と供給のバランスによって変動するのが当然で、その要因は、サメの水揚げ状況とフカヒレ業者間の過当競争である。

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サメ冷凍・冷蔵加工業者とフカヒレ業者の相対取引(ヒレの種別より分けと大小の選別、計量)

―出荷状況―
丸山商事では、フカヒレを背ビレ、胸ビレと尾ビレの二つに区別し、背ビレと胸ビレはダンボール箱に詰め、尾ビレは俵詰めにして出荷している。梱包容量は共に60キロである。
どうして、尾ビレだけを背ビレや胸ビレと区別する必要があるかというと、尾ビレは、その三分の一しか食べられないにもかかわらず(図1にて説明)、他のヒレと値が同じであるからだ。これは、古くからフカヒレの中でも特に尾ビレを珍重してきたためである、
フカヒレは一般に素干品として出荷するが、丸山商事ではこれをさらに加工している。
これを説明しておこう。
胸ビレと背ビレの乾燥したものを、一度湯にもどし、表皮を剥いで、これを再び乾燥させる。この段階を第一次加工といい、かつて丸山商箏では第一次加工品にして出荷していた。次に第二次加工であるが、これは表皮を剥いでフカヒレをさらに筋糸(翅)だけにして乾燥きせたものである。
ただし、尾ビレは、いっさいの加工を加えず、その姿を残さなくてはならな
い。
なお、これらのフカヒレは、東京、横浜方面に出荷されている。
これで一応、全国的にサメの生産地におけるサメ漁とフカヒレ業の実態を述べてきたわけであるが、最後に神戸を例にとって、フカヒレの消費状況について述べてみたい。

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